思い出したくもない思い出だが忘れてはいけないと思うのでここに記そうと思う

自宅浪人をして受けた大学は早慶と理科大、東北大、電気通信大でした。早慶と東北大は見事に落ち、理科大と電気通信大は本当にぎりぎりで受かったと思う。

電気通信大学については後期の追加合格という形だったので本当に1点の大切さを体感しました。

浪人時代の思い出ですが、3月から5月くらいっていうのは本当に鬱だった。 立教に行けばリフレッシュはできたのだろうが、自分でいうのもなんだが、高校2年くらいまでの成績を考えるとどうしても自分の学力が立教ぐらいって認めるのが嫌だったので行かなかった。

ニコニコ動画でニコニコ生放送があるということを知り、将棋の高段者(アマチュア県大会レベルくらい)の人たちが自分の指し手を解説したりしながら将棋を指していたりしたので、とても面白くひたすら見てた

テレビゲームだとかはあんまりやらなかったというと嘘になるがクラナドだとか戦国無双くらいしかやってなかった (未だにクリアはしてない) そういや友達の家で桃鉄を徹夜でやりまくるみたいなこともやった記憶がある

そんなまさにニートとしか呼びようがない自分を高校の同級生の女の子が心配してくれたのか毎日のように連絡を取り合ってくれた。 ゴールデンウィークが終わるくらいになると付き合ってた。 そのときくらいからなんとなくやる気になってきてようやく受験勉強に手がついてきた

そのときくらいのセンターマーク模試では8割くらいの得点だった気がする。 まだ5月だから問題が簡単っていうのはあるけどぶっちゃけた話東大以外の工学部だったらどこでも受けれるくらいの得点なので、浪人して正解だったのではないかと思い始めた。

6月は唯一ちゃんと勉強できた月ではないだろうか。 とりあえず基礎固めってことで今までの基礎を確認した。 完全に覚えてることもあれば、全く思い出せないところ、そもそも完全にわからないことってものがいろいろあった。

それに対してどうゆう風に対処したのかはまったく覚えてない(ぇ  

7月になって代ゼミの東大模試を受けたがC判定だった。 英語と数学は予想以上にできたのであとは理科ができるようになれば普通にいけるんじゃないかと思い始めた。

7月くらいになると周りの友人たちが大学に慣れ始めたのか、サークルがどうとか大学の友達がどうだとかみたいな話が耳に入ってきた。 すると凄い疎外感みたいなものを感じ始めた。 自分の日常ってなんてつまらない日常なんだろうと思うと、日常が無意味に感じられるようになってきた。

誰かとSkypeする以外は寝るみたいな生活がここらへんから始まった気がする。 信じられないかもしれないが本当に誰かとスカイプする以外は寝てた気がする。 今思えば、これが自分なりの防衛機制で寝るって形で現実逃避してたのだと思う。 というかスカイプ無かったら本当に立教に通い始めたかもしれん

8月くらいの東大模試は当然散々な成績だったしセンターの点数も若干落ちたがまだ8割付近だったのでまあ大丈夫かくらいの気持ちだった。  さすがにこれじゃやばいんじゃないかと思い勉強しようと思ったが、時間が膨大にありすぎるので(実際にはありませんよ、当時の体感的には凄くあるように感じたんです) ニコニコ見てからでいっかみたいなノリで勉強してた。

しかしまあ勉強し始めるとなんでか眠くなるので本当にほとんど勉強なんてしてなかった

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